2025.12.07

J1 第38節 名古屋-福岡

12/6 豊田スタジアム
名古屋 1-0 福岡

大河ドラマ『赤鯱燃ゆ』
最終回 ~将の退陣~
※画像はAIによる生成です。

時は戦国、尾張の国。
本年最後の合戦、名古屋赤鯱軍と博多もつ鍋軍の戦いは全くの互角。
このまま合戦終了かと思われたが、終盤、赤鯱軍の若武者、木村勇大之介が武士道に反する狼藉を受け「成敗蹴り」を得る。
この機に稲垣祥兵衛が見事城門を打ち破り、赤鯱軍は劇的な勝利を収めた。
なお、稲垣祥兵衛は今季の最も優れた武者に贈られる鉄の車、冠号を得た。

そして、この合戦をもって赤鯱軍の大将・長谷川健太公は朝廷の命により出奔を命じられ、尾張の地を後にすることとなった。

Img_1945

健太公が赤鯱家にもたらした最大の功績は、何と言っても天下の至宝「瑠蛮の盃」を賜ったことに他ならない。
生きるか死ぬかの激しい死闘を制し、民と共に勝ち鬨を上げたあの瞬間は、忘れ得ぬ最高の記憶となった。
一発勝負の大戦(おおいくさ)で見せた強運は、まさしく勝負師。
これにより赤鯱の軍旗には、誇り高き「五つ目の星」が輝くこととなったのである。

しかし、光があれば影もまたある。
長きにわたる国盗りの戦いにおいては、期待されたほどの領地の拡大には至らなかった。
全軍の歯車が噛み合わず、天下取りの争いから早々に脱落してしまったことは無念の一語に尽きる。
「盃を賜った栄光」と「領地の停滞」。
この二つの極端な結果こそが、領民の心を複雑にさせる源泉であった。

世間の人々は健太公をこう評した。
「理詰めの策士ではなく、ここ一番に強い勝負師である」と。
特に凄まじかったのは「負ければ切腹」という絶体絶命の崖っぷちの戦で見せた、神懸かり的な強さである。
首の皮一枚で窮地を脱し、勝利をもぎ取るその姿は驚異的であった。

だが、その強運は皮肉な結果をも招いた。
本来なら早急に家督を改めるべき危機的状況でも、大一番の合戦で勝ってしまうがために、改革の時期が先送りされてしまったからだ。
とはいえ、この強運がなければ「瑠蛮の盃」も手に入らなかったわけゆえ、その功罪を一概に断ずることはできない。

健太公の時代は、まさに「二律背反の時代」であったと言えるであろう。
家宝を持ち帰った英雄でありながら、同時に国力を停滞させた責任者でもある。
この両極端な事実は、赤鯱家にとって「真の富国強兵とは何か」を深く考え直す契機となったに違いない。

それでも、兵や民は健太公を憎みきれなかった。
最大の魅力は、その人間味にあったからだ。
本陣で戦況を見つめる健太公は、感情を隠さない。
好機には子供のように喜び、時には本陣から派手に転げ落ちる「ずっこけ」も披露した。
その飾らない姿は、「大将も我らと同じ熱い心で戦っているのだ」という一体感を生み、皆の心を掴んで離さなかったのである。

しかし、別れの時は来た。
長谷川健太公は五つ目の星を置き土産に去り、その行方は誰も知る由もない。
残された我々の心には、あの熱狂と愛すべき「ずっこけ」の記憶が永遠に残ることであろう。

Img_1944

結びに――。
主を失い、古き戦い方の限界を露呈した赤鯱家は、これをもって「お取り潰し」となる。
一度すべてを土に返し、更地から再び強固な城を築くため、赤鯱の一族は新たな大将の元で再出発を誓うのであった。

大河ドラマ『赤鯱燃ゆ』~完~

-----------------------------------
長いようで短いシーズンが終わりました。
いや、単なるシーズンの終わりではなく、現体制のグランパスの終焉でもあります。
これから迎えるシーズンオフ、期待(と不安)を持って見守りたいと思います。

最終戦は久しぶりに豊スタで生観戦して来ました。
そのレポートはまた後日。



| | コメント (0)

2025.12.02

J1 第37節 町田-名古屋

11/30 町田GIONスタジアム
町田 3-1 名古屋

大河ドラマ『赤鯱燃ゆ』
~流血と教訓の陣~
※画像はAIによる生成です。

尾張の蹴球集団、名古屋赤鯱軍は名門の誉れ高き家柄ながら、久しく戦功を挙げられずにいた。
この度の日ノ本蹴球組合一部残留も、他力本願寺の暗躍によるものであり、己の力で勝利を掴むことは叶わず。
彼らは常に「自分たちの蹴球」での勝利を目指していたが、真の「勝利の剣」を抜き放ってはいなかったのである。

Img_1864

本日、赤鯱軍が乗り込んだるは、山城として名高き町田軍の天空の城。
町田軍の当主は「勝利こそ美徳」を座右の銘とし、その家臣団は蹴鞠に水をかける呪詛や荒々しい組み手を得意とする。
赤鯱軍は本年限りで去る異国の勇士キャスパー王子を先陣に士気も高まったが、敵の堅陣を打ち破り、首級(しゅきゅう)を挙げることは叶わなかった。

終わってみれば戦は赤鯱軍の完敗であった。
それどころか、町田家の容赦なき組み手により若き侍、和泉竜之進は頭に傷を負い、突撃隊長の永井わさおの介も足を痛めた。

しかし、赤鯱軍の敗因は、敵の粗暴さにあるのではない。
町田軍の荒々しさを凌駕する「一撃必殺の太刀」を赤鯱軍は持ち合わせていなかった。
「構えだけでは、飯は食えぬ。血を流してでも、敵の首級を挙げよ!」
これが、この戦で赤鯱の武士たちに課せられた教訓である。

Img_1883

赤鯱軍よ。
最後に残された一戦で、失われた武士(もののふ)の意地を見せるべし。
そして、去りゆく異国の王子に、勝利の凱歌を贈られよ。

次回、大河ドラマ「赤鯱燃ゆ」最終回をお楽しみに!

-----------------------------------
わざわざ大河ドラマにしなくてもいい文章だけど、ネタに走らないとつまらないので。






| | コメント (0)

2025.11.22

ありがとうキャスパー・ユンカー!

Img_1772

キャスパー・ユンカー選手の今季限りでの退団が発表されました。
キャスパー ユンカー選手、契約満了のお知らせ(名古屋公式)

彼がレンタルで来てくれた時は、興奮のあまり即座にユニフォームをポチりました。
翌年には完全移籍となり、「俺達のユンカー」となった時は本当に嬉しかったです。

ユンカーの類まれなるゴールへの嗅覚は、僕の理想とするFWそのもの。
彼のプレーの一つ一つには本当に熱くさせてもらいました。
また、王子様のようなルックスと、紳士的な振る舞いも魅力的でした。

そして、ユンカーを語る上で欠かせないのがラーメン。
彼は日本の文化、特にラーメンを心から楽しんでいました。

ユンカーがグランパスに加入した23年、僕は「対戦相手にちなんだラーメンを試合前日に食べる」という個人的な企画を始めました。
これは彼の日本愛、ラーメン愛にあやかったものです。
試合が近づくごとにスーパーでご当地ラーメンを探し、商品化されてないメニューは自作し、ユンカーのゴールとチームの勝利を祈りながらその一杯をすする時間が、僕にとってのグランパス愛を深める最高の瞬間でした。
ラーメンを通じて、僕とユンカーが目に見えない麺ならぬ絆で繋がっているようにさえ感じました。

▲「前日ラーメン企画」で一番美味しかったのはZUBAAAN!横浜家系かな。


今季は怪我に泣かされ、ユンカー本人にとってもファンにとっても悔しいシーズンとなりました。
しかし、彼がグランパスで見せてくれた献身的なプレー、そして日本での生活を楽しんでいたあの笑顔は、僕たちの記憶に永遠に残ることでしょう。

キャスパー・ユンカー、あなたの新たな道が、多くの幸せとゴールとラーメン(体調管理のためラーメンを控えているとの報道もありましたが)で満たされることを心から願っています。

・・・おっと、まだ今季は2試合残っていますね。
キャスパー・ユンカーの有終の美を飾るゴールを期待してます。




| | コメント (2)

2025.11.09

J1第36節 柏-名古屋

11/8 三協フロンテア柏スタジアム
柏 1-0 名古屋

大河ドラマ『赤鯱燃ゆ』
~鹿國動乱の陣~
※画像はAIによる生成です。

戦乱の時代も終盤となり、尾張の雄・名古屋赤鯱軍は、いまだ日ノ本蹴球組合一部の残留これ定まらず。
間近に迫るは、東国に覇を唱える強豪、柏太陽族。
赤鯱軍の兵らは武具を手にしながらも、どこか覚悟を決めきれぬ様子であった。

Img_1486
時はその数刻前に遡る。
霧深い山奥に佇む霊験あらたかな寺、他力本願寺。
そこに巫女の小鯱(おしゃち)が、懐中魔法板を片手に鈴をジャラジャラ鳴らしながら駆け込んで来た。
「和尚様ぁぁ! 横浜蹴球倶楽部が負ければ、赤鯱軍の残留が決まるんですよ!どうします!? どうすればいいんです!?」
奥から全身鎧のごとき筋肉をまとう豪僧、鯱力院が現れ太い腕を組む。
「なに、簡単なことじゃ。横浜蹴球倶楽部を倒せばよい」
「……それ、我らが出陣するという意味ですか?」
「いや、鹿に戦ってもらうのじゃ」
二人は一路、鹿が支配する国、鹿の国へと旅立った。

Img_1548
深い深い森を抜けると、神社の境内に無数の鹿が群れをなしていた。
鯱力院が取り出したのは、鹿せんべいならぬ南知多名物・えびせんべい。
「和尚様、これを食べれば、鹿が横浜と戦ってくれるのですか?」
鯱力院はうなずき、誇らしげに言う。
「そなた知らぬか。南知多のえびせんは、万物を強化する霊薬じゃ」
「和尚様、それって……つまり……ドーピングでは?」
小鯱の問いに鯱力院はキッパリと言い切る。
「何を言う、えびの栄養じゃ。えびはヘルシーで栄養価の高い優れたタンパク源じゃぞ」

Img_1550
鹿たちはえびせんの風味豊かな香りに誘われ、バリボリッ……バキボキッ……!
次々と食らい、突如として筋肉が隆起しはじめる。
「メェ……メェェェェ!!!」(※鹿だが気合いでこう聞こえる)
たちまち鹿は巨大化。
筋肉は爆ぜ、眼光は赤熱し、角は雷光をまとい、 鹿魔獣・鹿天王(ロクテンノウ) と化した。

Img_1551
その頃、横浜蹴球倶楽部は穏やかに戦支度を整えていた。
だが突如として森が揺れ、地が鳴動し、鹿の軍勢が突撃してきた。
「な、なんだこのバケモノはぁぁ!!」
鹿天王は雄叫びを上げ、横浜蹴球倶楽部の兵らを天高く吹き飛ばしていく。
ドガァァァン!ズガァァァ!!!
そして、横浜蹴球倶楽部はあえなく敗走。

その結果、名古屋赤鯱軍の日ノ本蹴球組合一部の残留が確定した。
「やりました和尚様ぁぁ!!」
「ふぉっふぉっふぉ、他力の極みじゃな」

Img_1556
一方そのころ柏の戦場では・・・。
煌々と照る月光の下、太陽族の軍勢はまるで天照の使者。
名古屋赤鯱軍の武者たちは斬られ、倒され、吹き飛ばされ――死屍累々。
その時、赤鯱軍の残留確定を知らせる他力本願寺からの鐘の音が響く。
ゴォォォォォン・・・。
赤鯱軍の武者が呟く。
「お、おかしい・・・負けているのに・・・なぜか・・・残留は確定している・・・」
別の武者が答えた。
「噂によれば・・・他力本願寺が・・・鹿を・・・」
「鹿・・・?」
「鹿じゃ・・・!」
全員「鹿の世話にだけはなりたくなかった!!」

Img_1554
鹿たちは役目を終え、元の穏やかな姿へ戻っていった。
小鯱はそっと鹿の頭を撫でた。
「かわいい、けれど強くて怖かったですね」
「うむ。小鯱よ、戦とは元より清きものではない。人も獣も、皆、何かを犠牲にして勝敗を得る。これは、その一端にすぎぬ」

こうして名古屋赤鯱軍は、他力本願寺の暗躍により命脈をつないだ。
後の史書にはこう刻まれる。
『赤鯱軍、裏に流れし影の力にて命脈を保つ。されど戦場にては敗れ伏し、天運は時に戦の理(ことわり)を越えて揺らぐものなり』

鹿の国で何が起こったのか、その真相を知る者は少ない。
ただ、森の奥で静かに草を食む鹿たちだけが、あの夜の秘密を静かに胸に秘めていた。

《つづく》
-----------------------------------
J1残留を決めたとは言え、首脳陣の交代やらなんやら、まだまだドラマは終わりそうにありません。




| | コメント (2)

2025.11.01

『赤鯱燃ゆ』-スピンオフ-『他力本願寺、出陣す!』

名古屋赤鯱軍が吹田健脚隊に敗れた前節。
赤鯱軍の残留は確定しませんでしたが、横浜蹴球倶楽部が柏太陽族に敗れ状況はにわかに好転。
その裏では他力本願寺の一味が暗躍していたのです・・・。
-------------------------------------------

大河ドラマ『赤鯱燃ゆ』
-スピンオフ-『他力本願寺、出陣す!』
※画像はAIによる生成です。

名古屋赤鯱軍は吹田健脚隊に敗れ、自力での残留を果たせず民衆は悲嘆にくれた。
そこから少しばかり時を戻し、合戦が前半を終え小休止を迎えていたころ。

Img_1486

尾張の山の奥深く――霧に包まれた「他力本願寺」に、巫女の小鯱(おしゃち)が懐中魔法板を片手に鈴をジャラジャラ鳴らしながら駆け込んで来た。
「和尚さまー!和尚さまぁぁ!!」
「なんじゃ騒がしい!わしは今、108回目のスクワットの最中じゃ!」
寺の境内でトレーニングに励んでいるのは筋肉ムキムキの住職・鯱力院(しゃちりきいん)。
「和尚さま、赤鯱軍、劣勢です!健脚隊の猛攻を受け守りは厳しく、攻めては木村殿が奮闘するも城門を破れません!もはや、自力では...」
鯱力院は、天を仰いで高笑いする。
「うわっはっは!わしの予想どおりじゃ!よーし!どうやら出番のようじゃ!他力本願寺の底力、見せつけてくれるわ!!」
こうして他力本願寺の一行は下総の国へと向かった。
Img_1487

ここは柏太陽族と横浜蹴球俱楽部の合戦の場。
合戦は前半を終え小休止を迎えていた。

Image0
横浜蹴球倶楽部の陣地に、どこからともなく名古屋名物「味噌煮込みうどん」の匂いが漂い、兵たちは異様な空腹感に襲われる。
「な、なんじゃこの甘美なとろけるような匂いは・・・」
「うう、腹が減って力が出ない・・・」
それは、強い中毒性のある名古屋めしを使って無意識下に食への誘惑を植え付け、合戦への緊張感を「どうでもいい食い物の話」へとすり替える恐ろしい法力なのだ。


Img_1488
一方、柏太陽族の兵たちが後半へ向けて合戦場にて準備運動をしていると、鯱力院と小鯱が満面の笑みで現れた。
鯱力院は柏の兵たちに語りかける。
「柏太陽族の皆の衆。天下統一を目指す貴殿らの実力は我らが知るところ。それゆえ貴殿らが今、この合戦に自力を尽くすことは、すなわち他力を巡らせることとなる。自力と他力とは常に背中合わせ。貴殿らの行いが、巡り巡って他者を救い、さらに大きな力となって貴殿らの未来を照らすのだ!すなわち他力本願とは、人に頼ることにあらず」
続いて小鯱が鈴をジャラジャラ鳴らし力強く告げた。
「その証として、この一戦、見事に勝利された暁には、必ずや貴殿らに大いなる福が巡り、手羽先と台湾ラーメンとなって返ってくるであろう!」
柏の兵たちは、なぜ名古屋めしなのか釈然としないまま、二人の熱意と説法にある種の確信を得た。
「俺たちの力が、巡り巡って誰かの幸せになるなら、戦う甲斐がある!」
「そして、その幸せが名古屋めしになって返ってくる!よし、やるぞ!」

Img_1494
後半戦開始の法螺貝が鳴る。
横浜蹴球俱楽部の兵たちは、空腹と煩悩の闇に囚われ、足がもつれる。
柏太陽族の兵たちは、「他者を幸せにする自力」という新たな使命を胸に猛攻を仕掛けた。
その結果、柏太陽族が横浜蹴球俱楽部を討ち破る。
それを見た鯱力院は、天に向かって高らかに笑った。
「うわっはっは!見事じゃ!貴殿らの自力は、他者を救う他力なり!」

こうして柏太陽族は勝利を収め、名古屋赤鯱軍はまた一歩残留に近づいた。
柏太陽族の兵たちは手羽先と台湾ラーメンで腹を満たしながら、「自力は他力を生み、その福は必ず巡る」という他力本願の深き教えを噛みしめるのだった。


Img_1506_20251031230601
「和尚さま、これって、単なる嫌がらせでは…」
小鯱が小声で突っ込む。
「違う!これはあくまでも法力じゃ!!」
満足そうな鯱力院の手には、柏土産の「ホワイト餃子」が握られていた。

【終】
-------------------------------------------
このように、他力本願寺の暗躍によって名古屋赤鯱軍はまた一歩、残留に近付いたのでした。
信じるか信じないかはあなた次第・・・。



| | コメント (0)

2025.10.26

J1第35節 名古屋-G大阪

10/25 豊田スタジアム
名古屋 0-2 G大阪

大河ドラマ『赤鯱燃ゆ』
~離反の槍 雪辱の陣 ~

※画像はAIによる生成です。
Img_1471

名古屋赤鯱軍が「日ノ本蹴球組合一部」にて、残留の旗の下に戦う仕儀と相成ってはや数ヶ月。
吹田健脚隊とは前回の合戦にて見苦しき敗北を喫し、民衆の士気は地に落ちたり。
本日の雪辱の再戦、赤鯱軍は首級を上げんと稲垣祥兵衛を筆頭に、若武者・木村勇大之介らは燃ゆる闘志を胸に戦場へ馳せ参じた。

だが、敵陣にはかつて尾張の地を出奔し、吹田に与した中谷進之介なる猛者が立ちはだかる。
こやつ、健脚隊の鉄壁の守りを築き上げ、赤鯱軍の攻撃をことごとく跳ね返した。
木村勇大之介とその相棒、山岸祐十郎が幾度も敵陣に斬り込み、鋭い槍を突き立てんとしたも、中谷進之介の策に阻まれついに得点の功を挙げられず。

守りの要、門番・武田洋平左右衛門は、健脚隊の猛攻を幾度も防ぎ、尾張の誇りを守り抜かんとした。
されど南蛮の傭兵ジェバーリが神出鬼没なる動きを見せ、赤鯱守備陣の眼を惑わす。
そして一瞬の隙を突かれ、ついに赤鯱軍の城門は破られた。
その後も名古屋赤鯱軍に反撃の力はなく、刀は折れ矢は尽き、あえなく敗戦。
吹田健脚隊への雪辱はならず、残留の夢もまた遠のいたのであった。

Img_1467

不甲斐ない負け戦に尾張の民が嘆きに暮れる中、遠く下総の国より吉報が届く。
柏太陽族が、横浜蹴球倶楽部を討ち破ったとの報せなり!
他力本願寺の調略により、赤鯱軍は残留への駒を一つ進めることができたのだ。

尾張の民は柏太陽族と他力本願寺に感謝の念を抱き、しばし安堵の息をつく。
されど、戦国の世は無常なり。
次なる合戦の相手は、皮肉にもこの柏太陽族なのだ。
今日の他力は明日の敵。
赤鯱軍の将兵は感謝の杯を揚げる間もなく、再び刀を手にせねばならぬ。

果たして、名古屋赤鯱軍は天下統一を争う柏太陽族を打ち破れるのか?
それとも、戦国の荒波に飲まれ、溺れるのか?
それとも、横浜蹴球倶楽部が敗れ最後まで他力本願寺のお世話になるのか?

戦国の世の物語は、未だ終わりを見せず――。

<つづく>
--------------------------------------
まったく、シーズン最後まで楽しませてくれるぜハセケンは!



| | コメント (4)

2025.10.19

J1第34節 横浜FC-名古屋

10/18 ニッパツ三ツ沢球技場
横浜FC 2-2 名古屋

大河ドラマ『赤鯱燃ゆ』
~裏天王山 炎上の陣 ~

※画像はAIによる生成です。
Img_1433

むかしむかし、日ノ本蹴球組合一部を舞台に、名古屋赤鯱軍と横浜蹴球倶楽部との存亡を賭けた大合戦があった。
その戦場こそ、天下分け目と名高き「裏天王山」。
雲低く垂れこめ、草木ざわめくその地に、両軍の兵は鬨(とき)の声を張り上げた。

赤鯱軍きっての若武者・木村勇大之介、前戦に続く二度目の首級(みしるし)奪取を狙い、開戦早々に敵陣へ斬り込む。
しかし天運か、足軽の一人が旗印より一足早く駆け出していたことが露見し、審判衆が「出し抜き待伏せの咎(とが)」なる御触書を掲示。
木村の刃は虚空を切ることとなった。

その隙を突き、横浜蹴球倶楽部は先制の狼煙を上げ、赤鯱軍の陣幕を揺らす。
さらに無念、南蛮より召し抱えし頼もしき助っ人マテウス・カストーロが足に矢を受け戦場を退く。
陣中騒然、されど赤鯱軍は怯まず!

中盤の軍師たちが巧みに矢玉を回し、左右の兵が重ねて攻め立てる。
すると敵陣の兵、武士道に反する狼藉を働きしゆえ「成敗蹴り」の沙汰がくだる。
これを赤鯱軍の稲垣祥兵衛が敵壁を打ち破り同点!

さらに本陣固めが本来お役目の佐藤遥大之丞が勇敢に敵陣を突破。
逆転の陣太鼓を打ち鳴らし形勢は逆転、赤鯱軍の歓声が裏天王山に鳴り響いた。

「このまま赤鯱軍、残留安堵か」と誰もが思ったその刹那――。
横浜蹴球倶楽部は守りに入った赤鯱軍の本陣に向かって秘技「千里投擲の術」で火を放つ。
山肌より炎が噴き上がり、赤鯱軍の兵は視界を失う異常事態。
混乱の果てに敵味方互いに首級を取り損ね、戦は無念の引き分けと相成った。

Img_1435

同じ頃、遠くで蠢くのは「他力本願寺」の一派。
彼らは横浜水兵鴎軍を抱き込み、戦局を己が都合に運ばんとしたが、懐柔の使者は尾張名物の手土産が尽き、門前で追い返される失態。
その上、裏天王山の飛び火が寺の本堂にも及び炎上。

横浜水兵鴎軍は勢いを増して迫り来る始末。
山は燃え、寺は燃え、残留の道は火の粉舞い散る修羅のごとし。

――さて、この混乱の世を生き残るは、赤鯱か、水兵鴎か、それとも新たなる群雄か。
日ノ本蹴球組合一部を巡る残留争乱の幕は、いまだ下りぬのであった――。

<つづく>
-------------------------------------
マテちゃんが軽傷であることを心から祈ります。



| | コメント (2)

2025.10.13

『レッド・ツェッペリン:ビカミング』大ヒット記念【今さら人に聞けないアルバムレビュー第4回~「レッド・ツェッペリンIII」問題作から名作へ!大いなる転換点~

ロックバンドにとって、3枚目のアルバムはしばしば「問題作」と呼ばれます。
初期衝動をぶつけたファースト、その勢いを洗練させたセカンドを経て、バンドに余裕が生まれたとき、彼らは新しい表現への挑戦を試みるからです。
1970年にリリースされたレッド・ツェッペリンのサード・アルバム、その名も『レッド・ツェッペリン III』も大いなる問題作とされました。

▼帯がない!どこにやってしまったんだろう。
Img_1389


■予想外の「静けさ」に面食らう
後追い世代である僕がツェッペリンを聴き始めた頃、まず手にしたのは、「天国への階段 (Stairway to Heaven)」、「ブラック・ドッグ (Black Dog)」の入った名盤「Ⅳ」、「胸いっぱいの愛を (Whole Lotta Love)」が聴ける「Ⅱ」あたりでした。

それらを一通り聴き終えて『III』を聴いた第一印象は「あれ?こんなに静かな曲が多いの?」でした。
ブルースをベースにした重厚なハードロックを聞かせてくれたツェッペリンに、僕が期待したのは、さらなる轟音と迫力でした。
しかし、この『III』は、その期待を少なからず裏切るものでした。

1曲目こそハードな「移民の歌」ですが、アルバムのほとんどは、スコットランドの田舎でメンバーが合宿生活を送る中で生まれた、アコースティックな楽曲が中心だったのです。
マンドリンやアコースティックギターを多用し、トラッド・ミュージックやフォークの要素を取り入れた静謐でメロウなサウンドは、当時のファンや批評家からも「地味だ」「ツェッペリンらしくない」といった、賛否両論を巻き起こしたそうです。

■『レッド・ツェッペリンIV』への静かなる布石
しかし、時を経てこの『III』は、ツェッペリンの音楽的多様性を証明した重要作として再評価されています。
このアルバムで彼らが深めたアコースティックな表現や、大胆なリズムチェンジへの試みは、次のモンスターアルバムへと決定的に繋がります。
そう、続く4枚目のアルバム『レッド・ツェッペリン IV』です。

『IV』の代名詞とも言える「天国への階段」は、静かなアコースティックから始まり、徐々に盛り上がり、最後はハードロックで終わるという、ツェッペリンのすべてを凝縮した構成を持っています。
この曲の前半で聴かせる静けさや深みは、『III』で彼らがアコースティックな表現力を徹底的に磨いたからこそ到達できた境地です。
静けさと激しさ、ツェッペリンの2つの顔がスタイリッシュに整理され、再融合された結果、彼らの音楽はもはやハードロックというジャンルの枠に収まらない、唯一無二の存在として確立されました。

▼ジャケットのフチをクルクル回すと窓からのぞく絵が変わる。なんちゅう凝った作り。
Img_1392

『III』、それは、ツェッペリンが単なる「すごいハードロックバンド」から「ロックのすべてを体現するバンド」へと進化するための、避けて通れない実験場だったのです。
そのような背景を知って聴けば、このアルバムの持つ「静かなる傑作」としての魅力がより深く心に響くはずです。

というわけで今回は、バンドが「コンセプトをキープする」という安全策を捨て、新しいことに挑戦したゆえの問題作『レッド・ツェッペリン III』をレビューしました。
果たして第5回はあるのでしょうか?!




| | コメント (0)

2025.10.10

『レッド・ツェッペリン:ビカミング』大ヒット記念【今さら人に聞けないアルバムレビュー第3回~『最終楽章 CODA』こういうのでいいんだよ!解散後に輝くツェッペリンの真骨頂

僕がレッド・ツェッペリンを聴き始めたころ、既に彼らは解散していました。
遡って名盤の数々を聴き込む日々でしたが、唯一リアルタイムでの発売を経験できたのが、この『最終楽章 CODA』でした。

▼残念!帯がない!昔の僕のバカ!ちゃんと取っとけよ!
Img_1296

■各年代の「ツェッペリンらしさ」が凝縮
1980年の解散後に未発表曲を集めて1982年にリリースされたこのアルバムには、初期から解散寸前までの各年代の音源が収録されています。
まずはオープニングを飾る、1970年のライブ録音「We're Gonna Groove」の荒々しくもグルーヴィーならしさ全開のサウンドを聴けば、一瞬で彼らの世界に引き込まれます。
さらに、「I Can't Quit You Baby」のブルースへの深い愛情、「Poor Tom」の奔放さなど、決して寄せ集めではなく、一つのアルバムとして聴いた時のまとまりの良さは、他のオリジナルアルバムと比較しても遜色ありません。

■『イン・スルー・ジ・アウト・ドア』時代の再評価
特に注目したいのは、異色作とされる最後のオリジナルアルバム『イン・スルー・ジ・アウト・ドア』のセッションから生まれた未収録曲群です。
アルバム本編は、シンセサイザーの導入など、これまでのツェッペリンとは異なる内省的で実験的なアプローチが目立ちました。
当時のファンとしては、「従来のハードロック路線を貫いて欲しかった」という思いが強かったことでしょう。

今にして思えば、常に進歩を欲する彼らのアーティストとしての姿勢と、パンク/ニューウェーブが台頭し「新しいもの」が強く要求された時代の波に、ツェッペリンといえども抵抗しきれなかった部分があったのかもしれません。

しかし、『CODA』に収録されたアウトテイク「Ozone Baby」や「Darlene」「Wearing and Tearing」を聴くと、そこには紛れもないツェッペリンらしい強靭なハードロックサウンドが息づいています。
これは、彼らがアルバム本編で「あえて従来とは違うツェッペリン」を見せようとしつつも、その裏側では、核となる「ハードロックバンド」としての揺るぎないアイデンティティを変わらず保持し続けていた証拠でしょう。

■『最終楽章 CODA』が持つ真価
このアルバムは、単なる「余った曲集」ではありません。
ここには、バンドが進歩や挑戦を求める中であえて採用しなかった、彼ら本来の強靭なリフとグルーヴが鮮明に記録されています。
『最終楽章 CODA』が提示する揺るぎないツェッペリンの姿には、「こういうのでいいんだよ!」と思わず膝を叩きたくなること必至です。

▼アナログLPって贅沢な作りだったんだと改めて実感。
Img_1298

このアルバムは、できればツェッペリンのオリジナルアルバムを、全て聴き終えてから聴くことをお勧めします。
そうすれば結成から解散までの10年間、彼らが何を選び何を選ばなかったのか、その思考の一端にでも触れることができるはずです。

というわけで、第3回はツェッペリンの真のラストアルバムとも言える『最終楽章 CODA』をレビューしました。
果たして第4回はあるのでしょうか?




| | コメント (0)

2025.10.08

『レッド・ツェッペリン:ビカミング』大ヒット記念【今さら人に聞けないアルバムレビュー第2回~『イン・スルー・ジ・アウト・ドア』 ツェッペリン(結果的に)最後の挑戦

1979年発表の『イン・スルー・ジ・アウト・ドア』は、レッド・ツェッペリンにとって通算8作目にして、結果的に最後のオリジナル・アルバムとなりました。

▼アナログ盤は茶色い紙袋に入ってました。
Img_1288

■結成10年、天才たちの変化と苦悩
『イン・スルー・ジ・アウト・ドア』を聴くと、誰しもが「あれ?いつものツェッペリンじゃないな」という違和感を覚えるでしょう。
この時期、メンバーそれぞれの私的な問題や、ロバート・プラントを襲った悲劇的な出来事の影響もあり、バンド内のパワーバランスは大きく変化しました。

このアルバムではジミー・ペイジのギター・リフは影を潜め、代わりにジョン・ポール・ジョーンズのシンセサイザーが前面に出ています。
カントリーやラテンといった、それまでのアルバムではエッセンスとして取り入れていた要素が前面に押し出され、いわゆる「多様性」を強調した内容となっています。

結成10年が経ち、バンドの核であったハードロックのフォーマットでは未来が見えず、どこか手詰まり感を抱えながらもがいている様子が音に表れているように感じます。
(このアルバム用にレコーディングされたもののボツとなり、後に未発表曲を集めたアルバム『最終楽章CODA』に収録された3曲が、皮肉にも王道のハードロックであることがそれを証明しています)

▼袋から出すとジャケットが。6種類のうちどれか分からない仕様でした。
Img_1289


■ジョン・ボーナムの急逝と終わりの予感
このアルバム発表のわずか1年後、ドラムのジョン・ボーナムが急逝しレッド・ツェッペリンは解散します。
「この4人でなければ続けられない」
悲壮な決断とともにバンドは終止符を打ったのですが、もし、ボンゾの急死がなかったとしても、僕はこの『イン・スルー・ジ・アウト・ドア』がレッド・ツェッペリンのラストアルバムになっていた気がしてなりません。

なぜなら、彼ら(特にジミー・ペイジ)は妥協を許さない完璧主義者でした。
もしも彼らの目指す「新しいレッド・ツェッペリン」が、過去の自分たちを超える納得のいく形でなかったら、彼らは自らに終止符を打つことを選んだのではないでしょうか。
偉大なバンドの終わりは、必ずしも悲劇である必要はなく、自己批判と美意識に基づいた「自発的な解体」であったのかもしれません。

そう思いながら改めて最後のブルース「I'm Gonna Crawl」を聴くと、まるで彼らが荒々しいエネルギーの放出を終えて、時代の終焉を静かに悟っているかのような深い哀愁を感じます。
結果的に「終点」となったこの作品は、新しいロックの扉を開き続けた天才たちの最後の挑戦であり、ロック史における最高の「終活」として、今もなお特別な重みを持って僕の心に響くのです。

以上、レビュー第2回はレッド・ツェッペリンのラストアルバム『イン・スルー・ジ・アウト・ドア』でした。
果たして第3弾はあるのでしょうか?!



| | コメント (0)

«J1第33節 名古屋-C大阪